昭和44年04月12日 朝の御理解



 御理解 第65節
 「日柄方位は見るにおよばぬ。普請作事は、使い勝手のよいのが、よい家相じゃ。よい日柄というは、空に雲のない、ほんぞらぬくい、自分に都合のよい日が、よい日柄じゃ。いかに暦を見て天赦日じゃと言うても、雨風が強うては、今日は不祥のお天気じゃと言うではないか。日のお照らしなさる日に良い悪いはないと思え。」

 お互いの観念というか、特に日本人の長い一つの風習というか、そう云う様な観念的なものに囚われておっては、お道の信心の、まぁ素晴らしいというか、独壇場的なというかね、そういうおかげに触れる事は出来ません。ですから、私共の観念の中からこの様な思い込みとか考え方と言った様なものが、一掃されない限り、金光様のご信心の有り難さは分かりません。今日は何の日じゃろうかとか、今日はまぁ例えて申しますと。
 昨日秋永先生のところの、お婆ちゃんの告別式でしたが、昨日は普通からいうと、友引という日で、葬式は絶対いけない事になっている。昨日朝の御祈念の後に、永瀬さんがお届けをされるのに、実は先生おかげを頂きまして、今日は私共の遠い親戚に当たる人が、その昨日亡くなりまして、普通からいうなら、昨日ですたいね、昨日がお葬式になる日ですけども、おかげ頂いてから、向こうの方では、信心がないから友引だというので、延ばされる訳です。
 だからおかげで、こちらの告別式におかげ頂かれますというてから、お届けをなさっておりましたが。そういう例えば、そういう観念にね、縛られておると云う事は、是はもうおかげが受けられないお道流のおかげは受けられないと云う事になるのですよ。例えばここに日柄とか方位ですね、普請作事には、使い勝手の良いのがよい家相じゃと仰る。もう何と言うでしょうかね、もう本当にあの、自由無碍というか、詰らない迷信で、そのこだわったりね、それが心に引っかかる様な事では金光様のご信心を頂いておるとだから言えない事になるです。
 例えばなら、友引の日にお葬式をする。さぁ私だんもう金光様の信心しとるけんよかけれども、一般ではいう、やっぱそのあぁいうから、もしもん事どんがあると、ほうら見れと言う風にいわれちゃならんけんで、その友引じゃない日にお葬式をしようなんて云う様な、そういう考え方がある間はね。金光様のご信心の、このおかげが受けられないというだけじゃなくてね、それは天地に対するご無礼になるからおかげにならんのです。そういう考え方は。
 ここに仰って居られます様に、日のお照らしのある日に、良い日悪い日はないと思え、とさえ仰っておる。日のお照らしなさらん日は、ありゃしません。365日ね、お天道様のお照らしのない日ては一日だってありゃしません。だから何時もが良い日だと、しかもそこんところに、ね、自分に都合の良い日じゃとこういうておられます。
 いかに、例えば日が良いとか、日柄、良い日柄じゃと、暦の上にはあっても、天赦日というのは、天がいうならば、許した日だとこう云う訳です。と許された日と許されない日があると言った様な。だから暦の上ではいかに天赦日じゃというても、自分に都合が悪かったり、雨が強かったり、風が強かったりしたのでは不祥のお天気というじゃないかと言う風に、分かり安く御理解下さってありますですね。
 日柄方位は見るに及ばんと云う事を、まず私共が実行していかなゃいけません。是は家相と言った様な物でもです、普請をする造作をするにでも、もう使い勝手の良いのが、良い家相じゃと。だから、言わばもう家相なんて無いと云う事を言うておられますね。だから、家相が悪かけん、どうこうと云う事はね、私共が不自由な生活をしなければならん、というだけではなくてね、そういう考え方。そういう思い込みがね、本当言うと、御理解3節ですかね、御理解3節に、そのみしのぎの大事な所を教えておられます様に、それが前々のめぐりになったり、ご無礼になると云う事を思うただけでも、そういう思いが観念の中からなくなって、行かなきゃならんと云う事が分かります。
 そこで私はここにいかに暦を見て、天赦日じゃというてもとこう言うておられます。この天赦日と云う事です、暦の上に置いては、今日は天赦日何をしても良い日だ、有難い日だという風にしてです、今日は良い日じゃこう言わば黄道吉日だというてなら、結婚式をその日、日に日取りを定めたり。その良い日を選んでということはそこにはもう悪い日があるという事ですから、そういう考え方は、もう天地に対するご無礼。
 神様に対する、ご無礼になると云う事を、分からせて貰うてです、私共の、今までの観念の中から、そういうものが、本当に一掃されなければですね、金光様のご信者とはいえんのです。例えば家を建てるから、家相を見て貰うとか。結婚するから日を選ぶとか、そう言う様な事は、もう大変なご無礼な事なんですよ。そういう思い違いが、互い違いの基になるんです。
 ですから、金光様のご信心しよるから、そげな事は言わんで良いという、簡単なものではなくてです、そう云う事が観念から、無く成らなければ自由無碍の、言わば生活が出来ないだけではなくて、それがご無礼になる。それがおかげの受けられない基になる。それが難儀の基にすらなる。めぐりの基にすらなると。御理解3節には、説いておられますですもんね。ですから、このすっきり観念の中から、そういう考え方を、一つ取り除かなければなりません。
 昨日茂さんと、高橋さんと二人がかりで、遅くまで掛ってから、大祭のご案内の原稿を作って、ここのご案内をまぁ皆さんありゃ毎年毎年、その度々のご案内はありゃ取っといて下さい。ここは取ってありますずっと。もうその時その時の信心が、そのご案内の文名の中にずっと出て来るでしょうが。只何月何日は大祭ですというだけの案内じゃない。もうその時の合楽の信心が、ずっとそれにこう、どういうあの時分には信心しよったかと言った様な事が、分かる様に。
 その一番大事な所をその案内の中に、その為に矢張りあの案内を書く人達はやっぱ何時間もかかってから原稿を作るんです。矢張り皆さん、案内受けられたあれは、ずっと取っとってご覧なさいませ、それが素晴らしい信心のお互いの記録になりますよ。夕べの、まぁこれ原稿が出来たからというて、あの持って見えましたから、読ませて頂いたんですけれどもね、それにあの16日という言うならば神乍な日に、十何年間てね17、8年間合楽では、それで春秋の大祭。
 4月の16日、10月の16日を大祭日と定めさせて頂いて、それこそその朝までは、雨であったりあられであったりしても、もう朝になるとさぁっとお天気になてってね。大祭合楽椛目合楽を通して、はぁ今日は椛目のご大祭じゃから、前の日がお天気が悪かったっちゃ、お天気がよう成ると又言われて参ります程におかげを頂いて参りましたですもんね。
 茂るさんが先日、ずっと18年間の大祭日を調べた所が、一日だってずぅっとお天気には、あのお天気でない日がなかったんです。そりゃ朝までは降っておった様な場合もあったけれども、もうお祭りの前になると晴れ上がってお天気になっとると云う様な、おかげを蒙って来ましたと。
 けれども色々その、都合でです、やむなく20日にしなければなりませんけれども、総会の時に親先生から頂いたあの御理解を基にしてです、もういわゆる、あの「大和心」でしたかね。そういう大きな心を持って、この20日を今までの16日よりももっとより良い。もっとより有難い、神乍らな日にさせて頂くための祈りをもって、20日のご大祭を頂きましょうと言う様な事が書いてあります。
 そこに私がここに申します、分って頂きたい事ははね、いうなら合楽のため、椛目、合楽を通してあの16日という日は天赦日であったと云う事が言えましょうが。神様から許された日であったと云う事が言えましょう。暦の上にありませんよ、そんな事は。暦の日には他の日が天赦日になってますよ。神様から許された日。だからこそ、万事万端の上にお都合お繰り合わせを頂いて、その日には、差し障りもないお天気の上にもおかげを頂くと云う様なおかげを、もう本当に奇跡的に十何年間、16日に雨が降った事が無いという程しのおかげを受けて来た。
 私はそういうおかげを頂いて頂きたい、そしてだからそれを例えば、天赦日ではない事にするとです、それがお粗末になりご無礼になって、おかげにならんのですよ。例えばなら今度の20日という日はお互いの祈りをもってですね、20日という日は、より良い有り難い天赦日としてのおかげを頂く為の、信心が必要であると云う事になって来る。それには私共が今日ここんところの65節から頂きます。
 その日柄とか方位とか、と言った様な事に対する観念と言った様なものが、私共の心から一掃されなければならん。心にはぁ今日は親のお葬式をするのに、友引じゃ。悪い日困った日だから、と言う様なものが是にもしちょこっとでん引っ掛る様な事であったら、もう金光様の信心頂いておる値打ちがない。
 値打ちが無いではなくてです、それが天地に対するお粗末になり、ご無礼になりそして次にまぁ言う、私共の為に許される日が、許されなく成って来るって。例えばここで、私を中心にして様々なおかげを頂く時に、はー万事万端の上に、お都合お繰り合わせを頂いて、素晴らしいタイミングの中におかげを頂いておるというのは、私の考えの中からこういう迷信的な観念が一掃されておるから、あの様におかげを頂くのですよ。
 例えていうならば、昨日の秋永先生の所の告別式でもそうです。あれが前日であってはならない、その又後の日にあってもいけないという程しにです、いわゆるそういう風に合楽の上に現れてくるでしょうが、天赦日だ。日のお照らしなさる日に、良い日悪い日はないと思えと。ですからここんところがですね、良い日悪い日と言った用なものを自分で決めたり、観念の中にあったり致しましては、おかげは受けられません。
 今日の、御理解を皆さん頂かれてね、私共の心の中に、そういう観念的なその迷信が、やっぱし長年の一つの日本人の風習と言った様な物がですね、染み込んでおる。それを教祖様は、もう百十年も前に、この事が迷信である、いうなら詰まらん事である。もうのっけから、日柄方位は見るにおよばんとこう、仰って居られる様な、そのその当時としてはもう大変な大胆な、是はまぁ発言であったろうと思いますですね。
 今でもそうです、今でもならさぁ普請すりゃ、まず家相を見て貰え。さぁ息子が嫁を貰うといや、娘が嫁入りといや、先ずその黄道吉日を選ぶと言った様な、もう本当にあの知識人といわれる、文化人といわれる、そういう人達じゃ、それにまだこだわっておるでしょう。おかしな話ですよね、それを教祖様は、百十年も昔にですね、そう云う事を一掃しておられます。
 日のお照らしのなさる日に、良い悪いという日はないと思えと、言うておられる。もう実に何ちいうですかね、進んだ考え方ですかね。お道の信心、教祖様、言わば無学の百姓と言われる、その教祖様がです、そう言う様な観念をこの、もちろん、ご自分の心の上にだけではなくて、信者一同にも、是をきつく教えておられると云う事は、本当にびっくりするほどですよね。
 金光様そげん言いなさったっちゃ、今まで見て来たからと言った様な事を、言わせておられませんもん。それこそ、大信念を持って是を説いておられます。同時にそれによって、おかげを受けておられて、そこに新たな天赦日と、と言う様な、お繰り合わせを頂いておられます。是は私の場合でもそうです。私の例えば、色んな都合の事。それにまぁ私、毎日歯医者に通わせて頂いておりますがね、本当に天赦日といわなきゃおられんです。その毎日毎日が。
 ここちょっと四、五日は、あのもう見えんでいいですからと、例えば歯医者さんが言われる時には、丁度私の方の御本部参拝の時です。本当にあの一緒にお供して、御供してちゅったらおかしいですけれど、一緒に私を連れていって下さる、当番の方達がですね、あぁして御用を頂いておりますけれども、本当にあの色々考えて見てですね、本当にあの神様の御守護の中に、言うならば神様に許されてからの、是であるあれであると云う事を感じますから、矢張り有難いものを感じるのです。
 神様に許されての言わば、歯医者通いと云う事になるのです。さぁ先生がおられんけん、どうしようか、といっている間に、そっと言う様な事がない。天赦日だからなんです。だからそう言う様に、なら何時も、何時もが天赦日である。ただし、又取分けですよ、んなら大祭とか、様々な、ここの行事の時にです、様々な行事を私が、例えば月々の、何ちゅうですか、共励会ですかね、共励会と言った様な日でもです、私は、絶対変更させないでしょうが。
 それは、私は天赦日であるという事を知っておるから、変えさせんのですよ。例えばなら、秋山さんが来ておりますが、秋山さんの所の宅祭りがですね、丁度北野の、何じゃったかね、苗をする日になりますもんね。苗を作るかなんかという日に、だからもう変えておらなければ、江口だけがお参りが出来んとこういう事です。
 だけそげな事はいらんて、参って来んなら参って来んでええって。というて押し切らせた。おかげで、その向こうの方の日が、変更になったんですから。例えば、秋山さんのところの何日、何月、二十四日ですからね、四日という日はいかに、天赦日であるかと云う事が分るでしょうが。昨日も秋永先生が、今日は十二日のあそこの共励日であり、あそこの月次祭です。
 だからこんな時ですから、どんなもんでしょうかというからね、そげな事はなかよと私が、むしろそのお婆ちゃんを偲ばせて頂く、まぁその月次祭の後に、お婆ちゃんを偲ぶ会でも開いて共励なさったらどうですかと。ならさせて頂きましょうというて、帰した後にです、ありゃ丁度十二日は三日祭になると言い出す、思いついたんです。丁度三日、まる三日祭になるんです。
 そう、なら私はどうでしょうか、ならこのそういう事を信念していなかったらですそりゃそうたいの、ならもう今度はもう、こっちから行くともご無礼して、あんたん所も又、あれしとる時だからというたらですね、もう三日祭が出来なかったんです。ちゃんとそれが三日祭になる様に、十二日と月次祭の日が揃って、なってるんです。月次祭に合わせて、いうならば三日祭が出来るという事になります。
 ですから、私が今日皆さんに分って頂きたい事はね、そういう例えば観念というものが、金光様の信心をするなら、本気に早く一掃されんとですね、こりゃ何十年金光様の信心しよったっちゃ、それにこだわって、その日の良い悪いを言う人があるです、それでは絶対本当のおかげになって来んです。
 それじゃ金光様頂いておる、信心を頂いておる、値打ちがないでしょうが。それからというてです、信心のない人達。例えば久富繁雄さんところの、あの娘さんの結婚式の時がそうでした。私は何時でもいいのですけれども、そりゃ向こうの方がです、何日によしてくれ、かんちにしてくれと、こう言われるから、それを神乍な日として、受けなさいと私がいうんです。
 だから、こちらが何時にして下さいなんて言いなさんなて、私。相手が信心がないのじゃから。だから、こちらも、あちらが何日が良いと言わっしゃりゃ、それが神様のおかげとして、おかげを頂く。そういう風にですね、おかげを頂いときませんと、本当にあの、いわゆる天赦日であって、暦の上では、天赦日であっても、天赦日でないような、結果に成って来るんです。
 お産をする、はぁ忙しいさ中であったとか、さぁ家に不幸があると。はぁ忙しい取り上げの真っ最中であったとかと、言った様な事になり兼ねないです。ここんところの信心がしっかり出来るから、万事万端の上にお都合お繰り合わせ、それこそ素晴らしいタイミングの中に、まぁ日々が天赦日としてのおかげが受けられる。
 だから是をそこんところの、昨日がその、私共の思い込みの中から、反対にその思い込みを、そういう事はないんだという、思い込みを作るところからです、めぐりを作らんで済む、天地に対するご無礼を、作らんで済むだけではなくて、自分の上にです、何時もが天赦日と思われる様な、お繰り合わせが頂けれる、おかげが受けられると云う事をです、今日は皆さんに分って頂きたいとこう思うんですね。ですから、どうぞ皆さんの思い込みの中にです。
 まだ少し位そういう風なものがもしあるとするなら、昨日の秋永先生方の告別式じゃないけども、今日は友引じゃけれども、金光様の信心しよるから、恐々すると言った様な物がもしある様な事があってはです、おかげは受けられませんて。そういうのがもう、私共観念の中からもう、無くなってしまう。そしてそういう事はないんだという、思い込みを作らせて貰う所に、天地に対する所のご無礼を作らんで済むと私は思うですね。
   どうぞ。